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2015年9月に開催された国際サミットにおいて、17の目標と169のターゲットからなる「持続可能な開発目標(SDGs)」が加盟193ヶ国の全会一致で採択されました。これは2030年までに解決すべき地球規模の課題であり国際目標です。2030年までに確実な成果を出すためには、官民を挙げて認識を高めて行動する必要があります。日本企業はこれまでも様々な分野において、本業のビジネスを通じて社会課題の解決を図る取り組みを展開してきました。持続可能な社会の実現、社会課題の解決へ向け、日本企業に寄せられる期待は大きいものがあります。
開発途上国は一般に若年層が多く、今後に高い人口成長、経済成長が見込めるところが少なくありません。しかしながら、国内の所得格差、地域格差は依然として大きく、むしろ拡大する傾向があり、社会面、経済面、環境面で様々な課題を抱えています。これら開発途上国における持続可能な社会の実現に、世界がSDGsを共通目標として掲げ、取り組んで行く意義は大きなものです。
国際開発センターは1971年の設立以来、政府開発援助の枠組みの中で、数多くの開発途上国において、調査研究や技術協力事業の実施にかかわってきました。日本企業が開発途上国においてSDGsの実現に取り組む上で、国際開発センターのノウハウや現地でのネットワークを、大いに活用いただければ幸いです。
一般財団法人 国際開発センター 会長 二宮雅也
(損害保険ジャパン日本興亜株式会社 取締役会長
日本経済団体連合会 企業行動・SDGs委員長)
国際開発センターは、国際協力分野の専門のシンクタンク/コンサルタントとして、これまで主に政府開発援助(ODA)の分野で、途上国の開発支援に取り組んできました。今日では、先進国と開発途上国との関係はますます多様化し、外交チャンネルを通じた政府開発援助だけでは、開発途上国が抱える課題に取り組めない状況になっています。特に2015年にSDGsが登場して以来、民間セクターも国際開発目標の達成に向けた重要な主体の一つと位置付けられています。
国際開発センターは、もともと財界の主導で設立された経緯があります。それゆえ、開発途上国において民間セクターが主導するSDGs達成への取組みにも、積極的に参画することを、自らの責務と考えます。そこで、その実働部隊として2018年1月にSDGs室を設立いたしました。
国際開発センターには80名の研究員が所属しており、SDGsの前身のMDGs(ミレニアム開発目標)の時代から、国際開発分野で様々な業務に従事してきました。こうした業務経験や国内外でのネットワークが、民間セクターが開発途上国におけるSDGsの目標達成に取り組む上で、大いに役立つと考えています。
室長 三井 久明
なお、SDGs室を設置した理由、GRIのパートナーとなるに至った背景について、改めて纏めました。
SDGs室を設置した理由
国際協力分野の専門機関である「国際開発センター」が、SDGs室を設置し、日本の民間セクター対象にサステナビリティ支援ビジネスを開始するようになった理由について説明させて頂きます。 国際開発センター(IDCJ)は1971年に設立された財団法人で日本の政府開発援助に資する調査・研究を行う団体です。設立から今日までの約50年間、政府開発援助の枠組みの中で各種の調査、研究、技術協力事業を実施してきました。民間企業に対してサービスを提供することは、業務全体の比率からみると小さいものでした。 そんな団体が、2018年にSDGs室を設け、企業向けにSDGsセミナーやGRI研修、サステナビリティ・コンサルティングなどを開始したのですから、民間企業の皆様は「あそこは一体どういった団体なんだ」といった印象を受けられたのではないかと思います。 その一方、国際協力業界コンサルタント各社からは「なぜIDCJはあんなことをやりだしたのか」と疑問に思われました。 そのように思われても、本業としている政府開発援助へのコンサル業務から、民間企業に対するサステナビリティサポートの開始へと舵を切った理由は、少し大げさな言い方になりますが、時代が変化してきていることを認識したからです。今日、世界レベルで深刻な影響をもたらす脅威がじわじわと押し寄せてきています。これに警鐘を鳴らしたのが2015年に合意されたSDGs(持続可能な開発目標)だと理解しています。
世界に押し寄せる三つの脅威
具体的にどのような脅威かと言えば、一つは地球温暖化の影響です。化石燃料の利用が温室効果ガスを排出し、これが地球の温暖化を招いています。温暖化によって単に気温が上昇するだけでなく、海水温度の上昇により暴風雨を発生させたり、山火事を引き起こしたり、地域によっては干ばつをもたらしたりしています。さらに極地での氷河や氷床が融けることで、海面も上昇しています。 さらに、資源の枯渇も脅威となります。我々の生活水準を維持するために、地球が1.7個分必要と言われています。鉱物資源であればリサイクルの推進や新技術の開発によって何とか対処できるかもしれませんが、水資源の確保には限界があります。水資源の7割は農畜産業によって消費され、その中でも特に畜産の水の消費量が大きいです。 そのため、今後、中国、インドなど人口大国において食肉への需要が大きくなる中で、水資源の不足はさらに深刻となります。 第三の脅威は貧困と格差拡大による社会不安です。かつて、世界はグローバリゼーションの進展により、ビジネスの恩恵が遍く各国に広がってゆくと考えられました。 また、富裕層をさらに豊かにすれば、次第に中産階層、低所得層にまで波及効果が現れてゆくと思われていました。しかし、結局こうした波及効果が顕著に現れることはなく、格差はますます広がり、地域、人種、民族などによって格差が固定され、貧困が何世代も続いてゆく傾向にあります。長期にわたる貧困や格差によって不満が鬱積し、大きく膨らんでいくと、これはふとしたきっかけで暴動、内乱、地域紛争を引き起こしかねません。
脅威に脆弱な途上国の貧困層
このふとしたきっかけになりうるのが、例えば前述の水不足やそれによる食糧難ではないでしょうか。そしてこうした水不足を引き起こすのが、地球温暖化による異常気象である可能性が高いです。さらに、社会混乱によって生活が危機に陥れば、人々は生活のために木々を伐採し、温室効果ガスを吸収するはずの森林の消失を招くことになりかねません。 地球温暖化、資源の枯渇、社会不安という三つの脅威は繋がっており、これらが深刻化することをどこかで抑えなければなりません。 国際開発センターがこれまで従事してきた国際協力事業とは、開発途上国におけるインフラを整備し、人材を育成することによって、現地の発展や貧困緩和を進めることを目的としています。 しかし、地球温暖化によって、暴風雨が襲来し、低地が水没し、水不足で農地が干上がり、暴動や内乱が繰り返えされるようになったら、これまでの国際協力によるインフラ開発や人材育成の成果など瞬く間に消失してしまうでしょう。 世界規模の脅威の影響を一番大きく受けるのは開発途上国の貧困層でしょうが、こうした貧困層がこうした脅威の原因になっているわけではないです。化石燃料を大量に使って温室効果ガスを排出し、各地から膨大な農産物を調達しつつも消費せずに食品ロスを招き、膨大なプラスチックゴミを海洋に廃棄しているのは、明らかに豊かな国の側の人々になります。
豊かな国の側の責任
これまでの国際協力は、豊かな国の側が自らの資金を投じて、貧しい国を助けるという考え方でした。しかし、世界の持続可能な開発に向けて深刻な脅威が押し寄せてきている今日、我々は発想を転換しなければならないと思います。世界レベルの脅威を少しでも抑えるため、豊かな国の側が率先して自らの社会や経済構造、生活習慣を変えてゆく必要があります。これをすることが、開発途上国の貧困層、変化に脆弱な人々の生活を守ることに繋がります。 SDGsのスローガンとして「誰も取り残さない(nobody left behind)」というものがあります。もともとサービスを享受する側のことを指している言葉でしょうが、これはSDGsの達成に取り組む側にも当てはまると思います。政府、国際機関、NGO、民間企業、団体、個人など全てがSDGsの達成に取り組む責務があり、誰も取り残してはならないと解釈すべきではないでしょうか。 特に民間企業は、事業を通じて社会や経済に与えるインパクトが大きいです。民間企業が率先してSDGsに取り組むことが、三つの脅威の抑制に大きくつながります。そうすれば、ひいては貧困層、脆弱層の生活が守られることになります。国際協力の専門機関として活動してきた国際開発センターがSDGs室を通じて民間企業に対してサステナビリティ分野の支援に重きを置くようになった理由はこうした考えからです。
GRIの価値観の共有
実は、こうした考え方にバックボーンを与えてくれた団体がオランダにあります。「GRIスタンダード」を作成したGlobal Reporting Initiativeです。同スタンダードは、民間企業や投資家向けにESG投資の判断基準となる非財務情報の開示の標準化を目的にしているものです。ビジネスユーザー向けのツールですが、「GRIスタンダード」をよく読むと、その背景にあるのは世界の持続可能性確保に向けた強い願いであるとわかります。 SDGsが登場してからは、GRIは国連グローバルコンパクトと共に率先して民間部門へのSDGs普及に尽力していますが、こうした願いがベースとなっていることがここからも理解できます。 国際開発センターSDGs室は、日本におけるGRIスタンダードの研修機関として認定されています。今後もGRIと共通の価値観を共有しながら、民間企業へのサステナビリティ支援を通じ、世界の持続可能性の確保に貢献してゆきたいと考えています。